2018/05/09
響~小説家になる方法~(9)
『響』9巻を読んだ。
なんだかんだ言って読んでるな。
ちょっとね。思うところはあるんだけど。
小説が題材でしょ、これ。
あくまでフィクションだからべつにどうでもいいんだけど、
やっぱり自分が小説を書いてるから、どうしても考えちゃうんだよね。
こういうことって、ありうるのかなって。
まあ、ないと思うんだよね。ありえない。
もちろん、若くして彗星の如く?デビューして、みたいな小説家って、
実際にいたわけだけど、なかなか大成しないんだよな。
十代から活躍してる人、直接知ってたりもするけど、大変そうだし。
鋭敏な感覚、常人離れした知識量、両方兼ね備えてる天才はいる。
その才能が若くして弾けることもあったりするけど、
なぜか持続はしない。
なぜかっていうか、自分なりに、こうなんじゃないかな、
みたいな仮説はあるんだけど。
たとえば、若い人が書いた文章、キレッキレで、
読むとイメージがドバドバあふれてくる、みたいなこと、
たしかに、あることはある。
それはそれですてきなんだけど、ただ、すぐ飽きちゃうんだよね。
うっまい日本酒も、一口、二口、三口くらいまでは感動しても、
そのあとは、「あーうめーなー」程度になっちゃう。
それだけじゃあ、長くは引っぱっていけないんだよな。
あくまで個人的な意見だけど、小説家なんて、
若くしてなるもんじゃない気がする。いつでもなれるわけだし。
若いころ、一時期、小説にかぶれて、書いて、書いて、書いて、
もういいや、やめよう、みたいなのだったら、いいかもしれないけどね。
アスリートみたいなもんか。
でも、小説は、よぼよぼになっても楽しめる娯楽だから。
認知症とかになっちゃったら、無理かもだけど。
何も、人生の一番キレッキレの時期に、
小説なんか書くことないじゃん、みたいな。
まあ、好きにすればいいんだけど。
自分も好きにやってるわけだし。
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